ダメ人間が出来るまで 小学校時代

ブログ仲間のマリモンさんが思い出話しを書いている。
共感できる部分、そうでない部分を自分と対比させて楽しんでいる。
仕事の内容で書くことも無くなってきたので、自分の思い出を記事にして、なんで俺のようなダメ人間が育ったのか考察してみようと思う。

小学校時代
1,2年生の時は学校から帰ってから家で再放送(?)のアニメを見ていた記憶がある。
この時は別に学校が嫌いという事は無かったけど、漠然と登校してしていた。
クラスの話題はドラゴンボール、ガンダム、マクロスだった。
後は当時再放送していた銀河鉄道999かな。
(ちなみに小学校高学年でジャンプは卒業した。ドラゴンボールはセルゲームだったかな?)
漫画・アニメに熱中した同級生が多いけど、俺は今思えば、『熱中できるもの』を見つけられなかったように思える。
これが将来ダメ人間になることと関係あるのかは不明だけど。

3年生になった時に俺の学校嫌いを決定付ける女のクソ教師が担任となった。
女教師は当時30代半ばくらいで、言葉の暴力が激しかった。(物理的な暴力もあった)

左利きは行儀悪いという理由で認められず、矯正をしない家庭を批判する。
付けられた成績に納得がいかないと言ってきた親の事を教室で晒す。
成績の悪い生徒を『特別対応』すると公言する。特別対応とは、例えば1人ずつ順番に問題を解く時に意図的に順番を抜かすことや、グループで理科の実験をするとき『〇〇君はどうせできないからプリントでもやっていて』と言って、実験に参加させずにプリント学習をさせる。

このクソ教師については、まだまだ書き足りないが、これくらいにしておく。

俺もこのクソ教師には理不尽な理由で怒られたり、恥をかかされたりした。
これで一気に学校と教師が嫌いになり、毎日が苦痛だった。
『怒られないかどうか』だけを心配するようになり、怯えるような学校生活を送るようになった。

この頃に『自分は勉強ができない。人より劣っている』と思うようになったと思う。
ただ、この事については事実であり、それを早い段階で知ることができたのは悪い面ばかりでは無いと思っている。

5・6年の時は男の体育教師にだったけど、コイツは体罰が多めのクソだった。
ただ前のクソ女教師よりはマシだった。
俺はすでに学校・教師は大嫌いと言う認識があったので、担任が多少マシになっても毎日苦痛だった。

今にして思えば、3年生から日曜日は学校に行かなくてもいい日(怒られる心配が無い日)という認識になっていた。
友達と遊ぶ・ゲームがたくさんできる日という『楽しみな日』では無くなっていた。

これは生まれ持った性格だろうけど、人より劣っているから頑張ろうという気概が無かった。
頑張って出来るようになる努力をするなら、劣っているまま我慢をする努力をするようになったんだと思う。

大嫌いな学校に行って、クソ教師に怯え、頭が悪いのに勉強をする。
こんな風に無理矢理頑張っても結果が出ないので、負ける事に慣れる。
成功体験が無いから、努力をする意義が分からない。(多分、今でも分かってない)




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